セーラー服と油の臭い

玲奈

こんにちは。Bitty Crashの玲奈です。

昨日、このnoteの下書きをエリサに見せたら、

「玲奈、自分のこと『平気なふりをするのが下手』って書いてるけど、それ以前の問題やで。あんた、無理して平気な顔しようとするとき、鼻の穴膨らんでるからな。バレバレやねん」

って言われました。

……アイドルの鼻の穴の話、今しなくてよくない?

横で聞いてた亜美まで「あ、今の玲奈様の鼻の穴、120fpsで記録しました。後でスローで検証します」とか言い出すし、瑠奈は無言で私の鼻をじっと見つめて「……宇宙……」とか呟いてるし。

もうやだ。このグループ、リーダーへのリスペクトが絶滅危惧種です。

でも、そんなカオスな私たちでも、あの日ばかりは冗談を言う余裕なんてありませんでした。

3月。いよいよ始まるんだ!と気合を入れて事務所に行ったら、社長に「とりあえず今日は会議室使え」と放り込まれました。

机を端に寄せて、4人でギューギューになりながらストレッチ。ちょっとターンしようとしたら誰かの肘が当たるし、窓からは事務のおばちゃんと目が合っちゃうし。

これ、本当に世界を目指すグループの始まり……?と不安がピークに達した帰り際、社長がいつものぶっきらぼうな感じで言ったんです。

「明日、海のほう行け」

雑すぎませんか。

渡されたのは、港の近くにある「凪乃宮(なぎのみや)食堂」の名前。あと「タマキがいる」という謎の言葉だけ。

翌日の土曜日。午前中の授業を終えた私たちは、制服のまま坂を下りました。

高台にある学校から、潮の匂いがどんどん濃くなる方へ。

辿り着いたその店は、いかにも“昔からここにある”という佇まいで、ガラガラ、と引き戸を開けた瞬間、強烈な油とソースの匂いが鼻を突きました。

「……なんか、場違い感すごない?」

エリサが小声で言ったとき、カウンターの隅で瓶ビールを飲んでいたおじさんがこっちを見て笑いました。

「なんや、べっぴんさんがようけ来たな。座り座り」

そう言って、壁に貼られた手書きのメニューを親指で指差します。

「初めてなら、しおさい定食や」

その地元感に圧倒されて固まっていると、奥から、低くて凛とした声が響きました。

「いらっしゃい……って、何。凪女の子(なごじょ)がここに何の用?」

凪女――私たちが通っている凪乃宮女子学園の略称です。

カウンターの中から布巾を片手に出てきたのは、前掛け姿の女性。

高い位置でまとめた髪。涼しげな目元。

「あ、この人、竹刀持たせたら絶対強い」

本能的にそう思わせるような、独特のオーラがありました。

私が挨拶しようとして、案の定「は、はふめまして!」と盛大に噛むと、その女性——タマキさんは、少しだけ眉を寄せて呟きました。

「……あのくそ親父、また雑に寄こしやがって」

その一言で、彼女が社長の言っていた「タマキさん」だと分かりました。

「ここ、定食屋だから。まず注文。源さん、オーダー入るよ!」

彼女が奥の厨房に向かって声をかけると、奥から「あいよー!」と威勢のいい返事が聞こえてきました。

しばらくして運ばれてきた料理は、どれも飾らないけれど、一口食べると体の芯まで温まるような、不思議な安心感がありました。

私とエリサは「しおさい定食」。亜美はガッツリ「唐揚げ定食」、瑠奈は「中華そば」。

エリサは隣のおっちゃんといつの間にか打ち解けているし、亜美は唐揚げのサクサク感に夢中。瑠奈は相変わらず、静かに湯気の向こう側を見つめていました。

私たちが夢中で箸を動かして、少しお腹が落ち着いてきた頃です。

さっきのおじさんが、こっちを見てニヤッと笑いながら言ったんです。

「その姉ちゃん、昔はすごかったんやで」

タマキさんを指して、おじさんは続けます。

「歌って踊って、よう客沸かせとったわ。なあ」

その言葉に、食べていた箸が止まりました。

え、この人が……?

でも、タマキさんはすぐさま「余計なこと言わんでええ」と、その話をバッサリ切り捨てました。

そうやって止められると、逆に気になるじゃないですか。

箸を持ったまま、4人の視線が自然とタマキさん一点に集中しました。

彼女は私たちのテーブルの横で立ち止まり、まだ食事の残っている皿をまっすぐ見つめたまま言いました。

「親父から聞いてる。4人でなんかやりたいんやろ」

見透かされたような気がして、思わず背筋が伸びました。

「で。遊び?」

その問いに、すぐに言葉が出ませんでした。

口の中に残っている定食の味が、急に砂を噛んでいるみたいに感じられて。

私は昔から、平気なふりをするのが下手です。こういうときほど、何でもない顔をしようとして、余計に全部、顔とか声に出る。

「本気です」って言うのは簡単だけど、彼女の放つ圧倒的な「現場感」の前では、その言葉がすごく薄っぺらく感じてしまって。

タマキさんは鼻で笑うようにして、続けました。

「本気でやる子って、言葉より先に汗の匂いするけど。アイドルごっこなら、今のうちに帰りな」

刺さりました。

悔しくて、怖くて、でも、ぐうの音も出ない。

自分たちがまだ、鏡の前でポーズを決めているだけの「ごっこ遊び」の延長線上にいることを、一瞬で見抜かれた気がしたんです。

亜美は完全に怯えてるし、エリサも唇を噛んでいる。

でも、私はここで引いたら、もう一生「本物」にはなれない気がしました。

心臓が喉から飛び出しそうなくらいバクバク言っていたけど、私は持っていた箸を置いて、呼び止めました。

「……一回でいいので! 私たちの歌とダンス、見てほしいです!」

自分でも驚くくらい、声が震えていました。

タマキさんは、しばらく黙って私の目を見据えていました。

それから、いかにも面倒くさそうに吐き捨てたんです。

「……明日、昼すぎにまた来な。店の手伝いして、それで逃げんかったら、そのあと考える」

優しいのか怖いのか、本当にわからない。

でも、その立ち姿が妙にかっこよくて、私はただ「はい!」と答えるのが精一杯でした。

帰り際、お金を払おうとしたら、タマキさんは伝票をひったくって言いました。

「いらない。親父案件やし、ツケはくそ親父に回しとく。それにあんたら高校生でしょ。そんな必死な顔で財布出されると、こっちが悪い大人みたいになる」

店を出たとき、夕暮れの海風が吹きました。

制服に残った、揚げ物とソースの匂い。

「うわ、めっちゃ油臭なってるやん!」って騒ぐエリサの横で、私は少しだけ笑っていました。

何かが始まりそうな匂いって、きっとこういう、泥臭い匂いのことなんだ。

そう思った、3月の土曜日でした。

その続きは、また次に書きますね。

玲奈

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